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石川県 熊本県 間山 久
海軍少年航空兵「飛行予科練習生」として、石川県小松市の基地にいた。
滑走路つくり、松根油堀りの傍ら、沖縄に飛ぶ特攻機をみおくる毎日だっ
た。敗戦の日、キャメルゃサイダーが支給され、大いに戸惑った。当時15歳。
特攻へ松葉牡丹の誘導路
鳥取県 大阪府 沢田 多喜子
あの日私わ疎開先の鳥取県津の井小学校6年生でした。お昼ごろ講堂に
集合し校長先生が涙に咽びながら終戦を告げられ、皆泣きました。
その後竹槍が渡され、校庭で竹槍訓練をしました。鬼のような米英軍が上陸して来るので身を守る為にと**********
終戦に子ら 竹槍を身構えぬ
引用元 「昭和万葉俳句前書集」 【】高木 二郎発行」
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