2011年6月4日土曜日

6月 4日

昭和八月十五日、釧路市栄町に住んでおりました。私は小学校六年生、忘れも
しない一日です、この日をさかのぼる7月十四日、旭小学校に爆弾が落ち、
一面火の海となり、隣の防空壕にも爆弾が落ちて、竹内さんと言う一家が全滅
となり奥さん おばおちゃん、三歳の赤ちゃん、御主人はガタカナルに出征中、
一時間後その場にモミジの様な赤ちゃんの手が、木の葉のように落ちて居ました
、私の家も全焼しました、食料も衣類も配給で、今思うとゾッとします、今は良い世
の中で、物に心が足りないと常 常感じます、あの日を繰り返しては成らない 合唱
     空襲の火に夏草の無縁墓    釧路市 松永 和枝引用元 『昭和20年8月15日を詠う 昭和万葉俳句前書集』
発行者 高木二郎
発行所 マルホ株式会社

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