2011年7月19日火曜日

終戦物語 パラオ島より 帰国

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 兵庫県   谷川 和子様

20年8月15日、兵庫県赤穂市の実家に住む、婦女子引き揚げにて、サイパン玉砕寸前パラオ島より「長女6歳」とともに帰国。8月15日の放送を聴く、しかし陛下のお声は聞き取りにくく、現地召集の夫の身を案じ、落ち着かぬ日びであった、なを、19年5月五頃パラオ出航当夜魚雷を受ける。

狙わるる 深夜飛び込む夏の海


大阪府  八田 文枝様

終戦の放送を、奈良県生駒郡孔舎衛村の農家の一部屋で聴いた、私は破れたモンペの膝を正、そばに姑が中風で休んでいた。結婚してすぐ出征し行方しれず、家は全焼して農家に住まわせてもらい、其の手伝いをしていた。今までは勝ためとすぺてを我慢し続けてきた。明日からの生活を考え、姑を抱えて涙よりも強く生きようと決心した。

病む姑の 汗をふきつつわれ涙

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引用元゛「昭和万葉俳句前集」 「高木二朗発行」

戦争で夫が戦に召され、残された妻の苦労がいかほどであった事か、私の母も
父が応召して父の田舎にかえり慣れない農家の手伝いに追われていました、歳をとった今そのころの母を思い、母の苦労を思い胸が痛む思いです。「長谷」

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